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教員紹介

主に高校Aコースで英語を担当している池田と申します。「なぜ日本人なのに英語を勉強しなければいけないのか。」英語嫌いの生徒からよく聞く言葉ではないでしょうか。将来ビジネスで必要になるから。文系でも理系でも受験に必要だから。定期テストがあるから。たしかにそれもあるでしょう。しかし、それ以上に“異なるものを理解しようとする態度を身につける”ということが大事だと私は考えています。

日本人と英語を話す人々とは歴史的にも文化的にも大きな違いがあります。言葉というものはそれらの違いを反映させて使われています。私たちが英語という言葉を勉強していく上ではその違いを考えていくことは非常に大事です。けれども、このことは英語の勉強に限ったことでしょうか。社会に出れば、外国人だけでなく、年齢、出身地、性別、好みなど様々な点で自分と違う人々と一緒に働いていくことになる人がほとんどですし、うまく協働していくためにはやはり相手を理解するということが求められていきます。英語の勉強はこのような能力を身につける一助になると私は考えています。

また、Aコースの生徒は難関国公立大学を目指して勉強に取り組んでおり、受験勉強を通じて生徒は学力だけでなく人間としても大きく成長していきます。継続する力、計画する力、振り返る力、困難に挑戦する力、自分をコントロールする力など社会に出れば必ず必要になります。生徒には第一志望の合格を勝ち取るだけでなく、このような人間としての力も身につけていって欲しいと思っています。生徒にとってはしんどいことばかりになりますが、それを乗り越えていくことでたくましさも身についてきます。

「花園高校での3年間で目標に向かって本気で頑張っていったことが自分を大きく成長させてくれた。」生徒全員がそう思って卒業し、社会で活躍していける未来を一緒に作っていきたいと思います。

教員紹介

「数学なんて将来何の役に立つん?」よく耳にする質問ですね。数学科教師の私も、疑問に感じていた時期(学生時代です)がありました。 さて、学校では決まった解を求める課題が多いですが、社会では正解のない課題の方がはるかに多いでしょう。そして、正解ではなく、最適解を作り出すことが求められます。

ここで、高校数学に目を向けますと、我々は途中経過を重視します。勿論解は大切ですし、出たときの達成感やすっきり感は良いものです。が、どう考えて解を出したのか、またそれを説明できることも大切なのです。どこに着目し、何を使って考えたのか、得られた値は何を意味するのか、それをどう処理するのか等・・・。順序立てて、論理的に説明をすることは、数学科だけにとどまりません。他教科の学習や、日々の人間関係を円滑に進めるためにも有効です。 また、学校には仲間がいます。まずは自分で考え、持てる知識や技能を総動員して解決に当たっていただきたいのですが、分からないときや困ったときは周りと相談できます。ときには別の誰かの意見になるほどと思えることもあるでしょう。

個人的には、数学科の授業を通して、数学の美しさや面白さに気付く瞬間があることを願っています。しかしそれ以上に、仲間とともに「考える力」や「論理的に説明する力」を身につけてもらいたいと思っています。なぜなら、それらの力は大学受験だけでなく、卒業後にも君たちの大きな強みになるからです。

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中学社会の歴史はほぼ「日本史」で、高校で初めて体験するのが「世界史」です。この世界史は大学では勉強することがないので、貴重な科目です。ですが、全然人気がありません。客観的にみれば難しいからです。世界史を勉強していると、同じ科目の中なのに「この時代は嫌いだ」とか「この地域の歴史はつまらないな」とか色々な感想を持ちます。世界は広いですから。全部好きになるのは無理です。これが受験となるとさらに大変です。つまらない時代も地域も全て把握しなければならないからです。

しかし、全体をとらえるという知の営みは知性を活性化させます。イメージを膨らませ、論理的に思考し、記憶力、判断力、類推能力などが要求されるからです。 歴史というと、現在と切り離された遠い過去のことと思われがちですが、決してそうではありません。現在まで続く同一線上にあります。そして、人間はその線上で何度も同じ失敗を繰り返しています。歴史から何も学んでいないのか?と思うほど。世界史=『人類の失敗談集』とも言えます。だから、私たちの未来は「同じ失敗を繰り返すな」という先人たちからのメッセージを受け取ることができるかにかかっているのです。

いまを生きる私たちに必要なことは、政治的意図を持ったプロパガンダに迷わされずに「いかにあるべきか」「いかなる言葉を発信し、行動を取るべきか」を見極めることです。不勉強による無知や誤解は憎悪を招くだけです。ユネスコ憲章にあるように「戦争は人の心の中に生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かねばならない」のなら、平和の砦の基礎となるのは、相互の歴史の伝統を尊重する心です。さあ、一緒に勉強していきましょう。

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身の回りを見てみると、さまざまな科学技術に囲まれていることに気づきます。スマホ、テレビ、コンピュータ…。みんな自然に使いこなせていますが、どのような原理で動いているか、どんな技術が使われているかはご存じですか。ほとんどの人が答えられないと思います。このように科学の進歩が進むと、使われている技術が高度になりすぎると、すべてを理解するのは困難になり、「ブラックボックス」と化してしまいます。そうしたブラックボックスは今後、より拡大していくことは確実です。

そのような時代を迎える中、今までのように、知識だけを積み重ねること、より高い技術を身につけることでは、進化の速さについていくことはできません。そこで、今後もその価値が色あせることなく生かし続けていけるのは、考える力です。 たとえばボールを真上に向かって投げます。まず物体に働く力を分析します。力の大きさは、向きは、またその力の種類は。そうして分析した結果、物体の位置、速度などを知ることができます。ここで知ることができたことをもとに、斜め上に投げてみるとどうなるでしょうか。 こんな身近なことから、物体を構成している原子、分子の構造や、さらにその原子は何でできているかまで学ぶのが物理です。

このような現象を分析して、その裏にある法則性を導き出す学問です。また、完成したという法則と矛盾するような現象を発見した際には、その法則を修正し、より正確なものに進化させていきます。そして、今も進化が続いています。 身の回りのありふれた現象から科学を考える。そんな機会を提供したいと考えています。

教員紹介

私が生徒の皆さんに常に意識して欲しいと思っていることは「自分の頭を使って考えることができているか」です。国語という科目は日常生活と密接に結びついています。「読む・書く・聞く・話す」そして「考える」ことは、国語の授業以外でも生きていく上で誰もが必要となることです。世の中には何万冊という本があって、最近では、本だけで無くインターネット上にも情報があふれています。分からないことがあったらすぐに調べられるし、以前よりも簡単に誰かと繋がれるようになりました。

皆さんが生きていく社会は、常にまわりには誰かがいて、たくさんの情報があふれかえっていて、いつでも誰かと繋がれる、そんな社会なのかもしれません。そんな社会だからこそ、「自分の頭を使って考えること」を大切にして欲しいと思います。何かの文章でも、会話においても、そこに表されている誰かの思いを正しく理解して、自分の思いを正しく伝えることは生きていく上で一番大切なことです。国語の授業で取り組むことには、そのすべてがつまっています。だからまずは、話を聞くとき、文章を読むとき、自分の考えを書くとき、常に頭を回転させて、「考える」ことを面倒くさがらずにやっていってください。「考える」ことは楽しいです。誰かの「考えた」ことを知るのはいつも新鮮で面白いです。自分の「考えた」ことを伝えることは緊張もしますが達成感もあります。異なる「考え」を知ることで世界はいくらでも広がります。

互いの「考え」をぶつけ合うことでわかり合えます。常に「考えて」生きている人はどんな場面でも強いです。受け身じゃないから、自分が主役だという思いで毎日を生きているから。皆さんにも、ぜひそんな高校生活を送って欲しいと願っています。国語の授業を通して「自ら考える」力を一緒に身につけ、自分の見えている世界をもっともっと広げませんか?

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